IE9ピン留め
なじみの野球用品店に行くと、珍しいブランドのグローブが置いてある。
それは、"made in U.S.A"なのだそうだ。

野球の本場であるにもかかわらず、アメリカ製のグローブが強調されるのは理由がある。
現在は、ほとんどのメーカーがアジアなどに工場を作っており、アメリカ製のグローブがほぼなくなってしまったのだそうだ。

アメリカのグローブといえば、まずRollingsが思い浮かぶが、1999年にベトナムに工場を移してしまったそうだ。
そのため、1999年以前にアメリカで作られたグローブは、マニアの間で高値で取引されている。

その店にもそういうグローブがある。
7〜10万円ほどだ。
高値になるのは、希少品というばかりではない。

簡単に言ってしまえば、アメリカ製の革製品はよいのだ。
いわゆる使うほどになじんでくるもの。
それがベトナム製だとなかなかそうはいかない。

子どもにRollingsのグローブを買ってやったが、たしかにあまりよい皮ではない。
自分が20年近く前に買ったMIZUNOのほうが皮はよい。
それは、おそらくなめしの技術なんだろうと思う。

アメリカ製のよい皮と聞いて、思い当たることが2つあった。
1つは、24年前に買った革ジャン。
もうひとつは、革製品ブランドだったころのCORCHのカバンだ。

その革ジャンは、いまでも輝きを失っていない。
生活の状況から、まったく着ないシーズンもあったが、いまだに現役だ。
以前、職場の先輩から、突然「いい皮ジャンですね」と言われてびっくりしたことがあったが、もしかするとその先輩はモノがわかっている人だったのかもしれない。

この革ジャンは、いわゆるフライトジャケットっぽいオーソドックスでシンプルなデザインだが、実はちょっとこだわりのポイントがあって、背中が一枚の皮でできている。
普通は、左右、さらには上下と切り返して、数枚の皮で組み合わせて作られている。
もちろん、そのほうが安くできるのだ。

昔、韓国に船で旅行に行った友人が、韓国では革製品が安いから、船賃出してもお釣りがくると言っていたが、そこに行っても、ぼくの革ジャンは買えないだろう。

もう一つのカバンも、それこそグローブの皮で作ったカバンと言われていたものだ。
実際に、分厚くとても味わいのある皮だ。
このカバンも、かれこれ15年くらい前のものだが、味わい深い。

グローブを見て、話を聞いて、ぼくはこの革ジャンとカバンを使わなければと思い、それから毎日身に付けている。

なんだか、楽しい気分になれる。
身に付けて気持ちのいいもの。
日常にあるちょっとした幸せ。
いや、こういうのがホントの幸せなのかも。
昨晩の雪はすごかった。
子どものころなら、もっと心躍っただろうに。
ムリにというわけではないけれど、会社からの帰りにカメラを持って行った。

都会の雪を撮るなら六本木がよいかと思い、六本木まで行ってみたが、限られた時間で被写体を探すのもたいへんだし、帰りの心配をすると、なんだかさっさと帰ったほうがよい気がして、少し悩んだが帰ってしまった。
結局何のためのカメラだったのか。

それはともかく、六本木駅を歩いている時、ふと小さな声がした。
「お前は演技と語学だけやってろ!」

活躍している人は、他人からみれば、やりたいことだけやっているように見える。
そんな生き方にしていけという意味な気がする。
そして、脇目もふらずやれ、と。
寄り道して遊んでいるヒマはない。

若い時は、もっとはっきりと大きな声が聞こえたものだが、それでも声が聞こえただけよかったともいえる。
あとは、この不自由な肉体をどう使うかということだけだ。
自分で会社を立ち上げた時、今までどこかの会社なりに所属してやっていた時とちがって、もっと大きな流れの中にいることを感じた。
それを感じてしまうと、もう会社員にはなりたくないと思う。

世の中にはいろんな流れがあって、どの流れにのるか、あるいは触れるか、どんな流れが来るかなどによって、その人の運命が決まっていくのだと思う。

ぼくらが流れを選べるかどうかはわからない。
ただ、活躍している人というのは、概して運がよい人だ。
それは、より大きな流れが見えていて、それに届くということなのではないかと思う。

昨年末、ある社長に会って、新しい流れが生まれ、それが少しずつかもしれないが大きくなっていく予感がした。
それは、うれしいことだし、ありがたいことだ。

しかし、それに相反して、今まで普通にあったよい流れが悪くなってしまった。
一部の人間関係がよくなくなってしまったので。

それらが関係しているかどうかはわからない。
ただ、時期的にみても、なんとなくバランスの関係でそうなっているような気がするのだ。

ぼくは、身近なところで、人間関係がよくないのはよくないと思い、なんとか修復したいと思っているがいまのところなかなかうまくはいかない。
そんな折、年末に社長からもらったあるものが目についた。
その時、関連を感じた。
ぼくは、すぐにそれを処分した。
そうすれば、自然と壊れた関係が修復されるのではないかと感じたのだ。
おそらく、一週間、一ヶ月。
物を壊すのは一瞬、直す(治す)のは時間がかかる。

しかし、そんな状況を知ってか知らずか、処分した日の夜中に、その社長から電話がかかってきて、仕事の相談をされた。
その関係をどうしようかと少し考えもするが、もっと上を目指したいぼくにとって、その流れはきっと重要なものになる。
カンがにぶったらおしまいだ。

壊れた関係の修復は、時間をかけて辛抱する。
決してあせって治そうとしてはならない。
修復できない場合もある。
それでも、受け容れる覚悟をする。

ぼくには、もっと大きな流れにのってやらなければならないことがあるのだから。
メールサーバの調子が悪い。
送ったものも、送られたものも時々遅延する。
これでは業務に使えない。

ホスティングサービスを変えるかと思っていろいろ調べてみた。
数多くの業者がやっている。
どれがいいとは一概には言えない。

昔、サーバといえば、社内でたてるというイメージがあった。
以前、ぼくがいた会社でも同様に自立させていた。
身近でみていたので、けっこう勉強になった。

しかし、今、グローバルなサーバを個人レベルで管理するのは、けっこうたいへんなのだと思う。
以前いた会社でも、DoS攻撃っぽいのを受けて、しばらくメールが使えないといったことがあった。

きっといまは、むしろ大手のサーバをいかに安く、効率よく使うかに知恵を絞る時代になったのだ。
方向が逆だ。
自分でサーバを立てたほうがエラいというのはもう古い。

Googleという企業は、その点、取り込み方がすごい。
いろんなサービスを提供している。
独自ドメインでWEBサーバもできるし、メールも使える。
アプリの開発もできるようだ。

そして、最初は無料、サービスを拡充させたければ、必要に応じて有料になる。
しかし、それが安い。
大企業ならではなのか。

マジメにサーバを移行しようと考えている。
一点気になるのは、Googleにすべてをさらけ出すことだ。
彼らのサービスを利用するということはそういうことだ。
もひとつ不良の話を。

これもロックミュージシャンの話だが、ドイツのHelloweenというバンドが80年代に有名になった時に在籍していたヴォーカリストが、Michal Kiskeだ。
ぼくは、当時の楽曲が好きだ。
彼は、ここでスターへの道を拓いたわけで、そういう意味でもとてもアグレッシブなヴォーカルを聴かせてくれる。

その彼が、脱退後にソロで発表したアルバムも聴いた。
その声質と歌唱力は変わらず、より幅広い歌声を聴かせてくれる。

しかし、これらのアルバムはどうしても自分にとってのヘビーローテーションにならない。
それは、きっと彼がだんだん大人になって不良度が弱くなっているからではないかと思う。
その証拠に彼のアルバムは、ヘヴィメタルではなく、AORにジャンル分けされたりする。

それがいけないわけではない。
自分がなぜ彼の曲を積極的に聴こうという気になれず、未だに88年のHelloweenを聴いているのかということだ。

そう、不良のほうが魅力があるのだ。
言わずと知れたアメリカのロックバンド、KISS。

小学生の時に彼らのライブアルバムに衝撃を受けて、ぼくのロック歴が始まった。
実は、その前にBay city Rollersにハマってたんだけど、KISSを知ってからは、あんな軟弱な音楽は聴けないとばかりに敬遠した。

今思うと、それは、KISSには不良の匂いがしたからだと思う。
BCRは、とてもきれいで、一度不良の魅力を知ってしまうと、もう戻れないのだ。

そのKISSが77年に来日した時のライブ映像を観た。
ライブのアルバムジャケットで見たような派手な爆発とかは消防の関係でできなかったらしい。
だが、それを差し引いてもすばらしいパフォーマンスだと思う。

そう、客を楽しませることに120%力を注いでいる。
演ってる自分が気持ちいいとか、「みんなから力をもらいました」的な甘ちゃんな発想はなく、徹底してサービスを尽くしている。

よく聴くと、KISSの音楽はとてもストレートだ。
特に悪魔っぽいわけでもない。
徹底した衣装・メイクによるイメージ作りにストレートな楽曲がまたよいのかもしれない。

なんだか、これはショービジネスに限ったことではなく、サービス業を営む人全員に言えることなのではないかと思う。
たとえば、徹底的に会社のイメージをつけて、120%そのサービスで楽しんでもらえるようなパフォーマンスを見せるということだ。

弊社はどんなだろうか。
毎年作成する年賀状は、なかなかおもしろいデザインのものを作っている。
そのイメージからすると、センスがあって、細かい作業をしてくれそうだ。
仕事を頼むと、思いもよらないほどスバラシイものがあがってくるような。

2012年のテーマは「不良と堕落」でいこうと思う。
なんのこっちゃと思うかもしれないが、自分なりに世相を反映した柔軟な判断に基づく姿勢だと思っている。

「不良」というのは、不良製品などのことではなく、人のことである。
日本では昨年、震災・原発事故による放射能汚染問題などが起き、遊んでいる場合ではないという空気感が強くなった。なにかやらなくちゃ、自分にできることはなんだろうとまじめに考えていろんな取り組みをした人も多いだろう。

私を含めた多くの人は、気持ちは痛みながらも、目の前の生活があるし、どうにもしようがないという状況だったのではないだろうか。
つまり、生活そのものはなにも変わっていないのだけれど、痛ましいニュースを聞き、放射性物質の恐怖に怯え、気持ちになにかしら不安要素をかかえているという状態。

そんな状況下で、人々は善悪をつけたがるようになる。
安心したいために。
東電も政府も完全に「悪」だ。
こんなときだからこそ、徹底的に「善」になればよいのに、と思う。

そして、こんな状況だからこそ、ちょっと善から外れる勇気が必要なのではないかと思う。
よい意味でのグレーゾーン。
そう、世の中はほとんどがグレーゾーンだと思う。
どんなグレーなのかが重要なのだ。

だから、不良だ。
悪ではなく、不良の精神が必要なのだと思う。

「堕落」は、やはり原発事故による放射能汚染によって、人々が堕落するというのがきっかけになっている。
つまり、放射性物質によって人体にどんな影響が出るのかということについて、倦怠感、やる気の喪失、だけど遊ぶことはOKみたいな話もある。
それって、堕落ではないのかと。

きっと、今年は堕落する人が増えてくるのではないだろうか。
そして、堕落した人がテレビなどでおもしろくそれを見せてブームになる。
きっと堕落がトレンドになるにちがいない。
先日の現場。
スチルの撮影があり、知り合いのカメラマンに依頼した。
当日、見慣れないカメラがセットされていると思ったら、中判カメラだった。

特に、中判を依頼したわけではないが、結果的にはスバラシイ写真を撮っていただいた。

もし、35mmで撮っていたとしても、現在のデジタルカメラの性能で言えば、まったくもって十分だろう。
そういう意味においては、オーバースペックかもしれない。

ただ、この中判で撮ったあとで、35mmのことを想像してみると、やはり大きな差があるだろうと思う。
それは、写真のできだけでなく、全体としてプロフェッショナルな現場にできたということだろう。

彼は、このカメラのためにウン百万円かけている。
なかなか個人でこのカメラを持っている人も少ないそうだ。

彼がこのカメラを持っているから彼に依頼しようとは思わない。
ただ、このカメラを現場に投入してくれた彼には、また依頼したいと思う。

そのプラスアルファは決して小さくない。

その昔、名車と言われるレトロバイクばかりを売っている人がいた。
彼が、人生を切り拓いたのは、当時珍しい車に乗っていたことらしい。
その車を撮影に使わせてほしいということからいろいろ展開したそうだ。

その後、彼はヘリコプターのセールスを始めた。
といっても、店にヘリを置いて客を待つわけではない。
ヘリを買ってくれる可能性のある人と接することで、営業するのだ。

たとえば、飛行機のファーストクラス。
一機数千万円もするヘリを買える人がエコノミーにはほぼいないだろうが、ファーストクラスなら、自家用に一機買おうと思っていたみたいな人もいるかもしれない。
ちょっととなりの人とエグゼクティブな会話をする中で、「私はヘリのセールスをやってます」と名刺を渡して挨拶をする。
そこから商談が始まることがあるのだそうだ。

レトロバイクは、仕事でアメリカなどへ行ったときに、日本で高く売れそうなバイクを買い付けてくるのだそうだ。
いわば、副業だ。
彼は、「常に、特別なものを提供すること」で、セールスマンとしても価値を上げている。

自分が提供できる特別なものとは?
決して、高い機材を持っていけばよいわけではないけれど、「リーズナブル」ばかり追いかけてもいけないのではないだろうか?

どこからでもかまわない。
まずは、そのカラを破っていくことがが重要だ。
新しい会社を設立することにした。
今まで、アメリカに本社をおいて、その支店として日本で営業してきたが、新しい商法に改定されてメリットがほぼなくなってしまったからだ。

というより、デラウェア州法をベースに日本の商法を作ったんじゃないかと思えるほど酷似している。
アメリカ法人設立のために、アメリカ大使館に行って手続きをしたが、その時に係の人に
「最近あなたのようにアメリカで会社を作る人が増えているけど、なにかいいことあるの?」と訊かれた。

アメリカ側にメリットはあるが、もしかするとアメリカからも圧力がかかったのかもしれない。
あまりに緩和しすぎだろう。

その国内法人とほぼ同じ条件の外国法人だが、逆にデメリットがある。
融資を受けにくいのだ。(事実上ほぼ受けられない)

そこで、国内法人を作ろうということを数年前からずっと考えていたのだが、いくら手軽になったとはいえ、いろいろ手続きもあるし、それなりにお金もかかることなので、時期を待っていたが、ようやくその時が来たということだ。

会社自体を作ることは専門家に任せればすぐにできる。
あとは、クライアントとの関係だ。
まあ、普通に考えて、国内法人に切り替えたいということを申し出て、いやがる会社もそんなにないとは思う。
取引契約などを再度やらなければならないのは、めんどうだ。

もう一点、考えなければならないことは、弊社が外国法人であるということが、もしかするとイメージとしてプラスに働いていたかもしれないということだ。
そして、支店を渋谷に置いていることもプラスかも。
ひとくくりにして、「渋谷にある外資系企業」というイメージかもしれないのだ。
いまは、おもな活動拠点が中野の方に移っているが・・・

そういう意味では、「銀座ルノアール」は銀座という名前が付くけれど、銀座のお店ではないとか、同じグループの「NEW YORKER'S Cafe」もニューヨークのお店ではないとか、「サマンサタバサ」が日本のブランドだとか、名前とイメージでブランドは変わるものだ。

せっかくの海外法人も、うまく使う方法を考えていこう。
東京filmexで相米慎二監督特集として、全作品を上映中だ。
なかでも見ることが難しい「ラブホテル」を観た。

あとで、登壇された主演の寺田農氏が言っていたが、たった9日間で撮ったその映画は、映画の楽しさの原点を思い出させてくれた。

それは「遊び」だ。

ぼくのなかで、映画作りというのは「遊び」の延長なのである。
学生時代、マジメに映画に取り組んでいた(つもりの)ぼくは、現場で後輩に対して、

「お前ら、一生懸命遊んだことあるんか!?」

と言ったらしい。

「らしい」というのは、自分では覚えていないからだ。
ただ、そばでそれを聞いていた友人が、ええこと言うなあということで覚えてくれていた。

その感覚を思い出す。
観ていて、思わず笑みがこぼれてしまうシーンがたくさんあった。
それは、カメラの動きがおもしろかったり、特徴的な長回しのシーンだったりするわけだけど、決して奇を衒ったわけではなく、単純におもしろい画を撮っているということなのだ。

だから、おもしろくて笑ってしまう。

そんな感覚を思い出しただけでもとても価値のある時間だった。
最近で最も濃い時間だった。